2008/10/25

しあわせのかおり

2008.10.23

 監督:三原光尋
 出演:中谷美紀、藤竜也、八千草薫

 金沢の町の片隅で、ほそぼそと中華料理店を営む年老いた中国出身の料理人。その味に魅せられたシングルマザーが弟子入りして、味を受け継いでいくというヒューマンドラマです。
 本作の最大の魅力は、悪意が存在しないこと、と言えるのではないでしょうか。安心して観ることが出来るって大切です。
 一般的に師匠と弟子の関係は「疑似親子」と言えると思いますが、ここでも師匠にとっては娘を、弟子にとってはほのかに恋していた父親を、料理を通して求めていたのかも知れません。
 こころの通い合った師匠と弟子の共同作業には、男女の共同作業ゆえに生まれる色気や恍惚の瞬間が映し出されている、とすら感じられます。
 そこから作り出される料理がおいしくないはずがありません。
 料理が作られていく過程というのは実にスリリングで、観る者の創造力をかき立てることができたなら、もうそれだけで成功です。
 観る側も、食感や味覚に思いをめぐらせることでしあわせを感じられますし、それを求めて観に来ているのですから。
 鉄則通りスープ作りから始まるのですが、それを目にした瞬間から口の中の分泌液が増えるのを自覚してしまいます。
 それが実際口にはいるか否かは別問題ですけれど……

 どアップが多用されていますが、そのサイズで自分をさらけ出す演技の中谷美紀を撮ると、彼女の骨の形が見えてくるような錯覚さえ覚えます。
 ──褒め言葉のつもりなら「魂」くらい言えないのかね。

 個人的な要望ですが、せっかく金沢が舞台なのですからもう少し地元サービスしても良かったのでは、と思ってしまいます。
 ですが『村の写真集』(徳島県)に続き地方都市を舞台にした小品を、企画し撮影した心意気には拍手とエールを送ります。
 あまり見かけない藤竜也が前作に続いて出演していますが、監督とはイイ関係のように見えました。

 とても分かりやすく、そして誰もが同じように楽しめる映画だと思います。

 P.S. 八千草さんが画面に登場するとこちらの表情がゆるむのは、存在感ですよね。それって、わたしだけだろうか?

2008/10/12

石内尋常高等小学校 花は散れども

2008.10.10

 監督:新藤兼人
 出演:柄本明、豊川悦司、大竹しのぶ、六平直政

 「これを作らずに死ねるか!」とでも言うかのような強靱な生命力(これは監督個人の執念)と、戦争に苦しめられた体験者としての責任感(もうこれまでも十分に語ってこられたと思うが)によって生み出されたと思われる本作は、まさしく新藤さんの遺言と受け止めていいのだと思われます。
 ──以前にもそんな感想を持ったことがあったのですが、出来ることならもう一度言わせていただきたいと思っています。

 本作については、もちろん時代背景(戦争の時代)が語られるべきと思いますが、「もはや戦後ではない」という時代には登場人物たちが50代前後であったとしても、奪われたときめきを取り戻しながら過去を軽やかに乗り越えていく、やり直しの「青春映画」と言ってもいいのではと、わたしは思います。
 96歳になっても「精力ギラギラオヤジ」が健在であるところに、敬意を表します(これ賛辞です)。
 脚本・演出共に「マザコン」と揶揄されたことがあったりしても「女好き」をここまで通されれば、誰も文句は言えません。
 ──奥さんの乙羽信子さんが亡くなってからは、大竹しのぶに惚れ込んでいたのでは?

 近作に3本出演している大竹しのぶは、監督の要求と思われる芝居をそれぞれ見事に演じていて、本作のあんばいなんぞは監督も気に入っているのではないだろうか?
 自分の分身にトヨエツを持ってきて、美化したいというわがままくらいは許してあげましょうや。

 最初に監督の名を知ったのは、映画『祭りの準備』(監督:黒木和雄、脚本:中島丈博)のセリフで「シンドウさんちゅう偉いシナリオライターが、自分の身の回りの出来事を書けば誰でも1本は傑作が書けるいうちょった」というものでした。
 新藤さんも原点に戻って、最も大切な体験を書かれたのではないかと思われます。

 観て良かったと思っています。
 ありがとうございました。

2008/10/01

おくりびと

2008.9.26

 監督:滝田洋二郎
 出演:本木雅弘、山崎努

 近ごろはシネコン等のおかげで映画上映館の状況も大きく変わり(大手配給会社からの縛りが解けつつあり)、大手映画会社以外からの資本流入により、日本映画の製作本数も上映機会も増えていて喜ばしいのですが、同時に質の低下を招いていることも事実だと思われます。
 そんな中「きちんとした映画をみせてくれる監督」が頑張ってくれていることが、とてもうれしく思えます。

 テーマ設定が見事だと思います(原作があるそうです)。
 観客層は壮観なほどに高齢層で固められていて、みなさん「こんな納棺師がいてくれるなら、いつ死んでも安心」などと思われているのでは? というか、変な話し「あの人にお棺に入れて欲しい」などといった「カリスマ納棺師」なんて登場するかも知れません。
 遺言はできても予約はちょっと無理ですよね……
 それはいくら何でも、と思われるかも知れませんが、不安なことが多すぎる時代であることは確かですから、ひとつでも多くの安心できるビジョンを持ちたいと考える人がいることも理解できる気がします。
 死後も燃やされるまでは誰のモノでもない自分の肉体ですから、可能な限り丁寧に扱ってもらいたいと思う気持ちは、とても良く理解できます。
 そのような「その気持ちとてもよく分かる」という身近なテーマの設定が見事だと思いますし、それを丁寧に描いている本作ですから、観る人の心に響くであろうことも、とても納得できます。
 納棺手順の「様式化」にこだわったと思われる演出は実に見事で、「日本人はああいうかしこまった様式には弱いんだよね」と、当事者だったとしたら、わたしもきっと深々とお礼をするであろう民族であること、わたしはとても誇りに思います。
 わたしも、不安を持って逝きたいとは思いませんが、それはかなうことなのだろうか……

 モッくんは、押さえに押さえた演技で「天職」に導かれていく心情を表現し、観る者うなずかせてくれます。
 今年の演技賞はもちろん、これまでで一番良かったのではないだろうか。
 山崎努が「いい人」に見えてくるのは、演出ではなく演技者からにじみ出てくる人間性であると思います。
 広末涼子はいつまで猫なで声でしゃべっているのだろうか。

 久石譲のサントラ盤はダウンロード等では手に入らないので(ネット販売はあるが)、久しぶりにCD店を探し回って買いました。