2009.3.23
監督:真田敦
出演:倍賞千恵子、松坂慶子、喜味こいし、正司照枝(若者は省略)
この文章には、映画を評するたぐいの言葉はありません。
映画館での上映時間を、この作品を作った人たちと「時間を共有」できたことに対しての、お礼というたぐいの言葉になるのだと思います。
この映画では何にも起こりませんし、この世の何が変わるとも思えない時間が過ぎていきます。
それを誰かが「至福の時間」と言ったなら、わたしは無防備とも見えるような表情で微笑むのではないかと思います。
失礼に当たるかも知れませんが、倍賞さんの可愛かったこと!
柴又で見かけないと思ったら、パーマかけてハワイに移住してたんですね。
寅さん以降、スクリーンであまりお会いできなかったのですが、『ハウルの動く城』で若い声を演じてその気になった(?)のか、(失礼は承知でも)恋する乙女のように振る舞う姿なんてどれくらいぶりになるのでしょう? とっても素敵な姿でした。
「あんなに可愛らしい役をやってみたい」と言いそうな代表として吉永小百合さんの名前を挙げますが、ベテランの女優さんだったらそんな風に思うのではないか? そんなチャーミングな人物像でした。
若者たちはみな(岡田将生、長谷川潤、蒼井優 等)迷える子羊たちで、それを見守る年長者たちはみな「天使」であったように思えます。
──「年老いた天使がいちゃいけないの!?」
先ほど「至福の時間」と書きましたが、地球上の時間はどんな地であっても同等に刻まれていくので、わたしたちも等しい時間を過ごしているはずです。
それでも違うと言うならば、この映画の舞台はこの世では無いことになります。
「天国に一番近い島」や「神々が棲む島」などと言われる場所では、ひょっとすると「違う時間が刻まれている」のかも知れません。
でもそれは、そんな場所があって欲しいと望み、夢見る人が多いということの表れなのかも知れません。
新しい刺激などは与えてくれないとも思いますが、この作品を観ている間くらいは「おとぎ話」に付き合ってもいいのではないか? と思える、オススメの一本です。
ほのぼの涙が止まりません……
ホノカアとはハワイ島にある地名で「あんな町もあったかも知れない」と思える、のどかそうなところです。
──車をかっ飛ばして一周しただけなので印象は残っていません……
2009/03/10
カフーを待ちわびて
2009.3.4
監督:中井庸友
出演:玉山鉄二、マイコ
「カフー」とは母音が「a・i・u・i・u」となる沖縄言葉(ウチナーグチ)の表現なので、「a・i・u・e・o」である大和言葉に直せば「カホー」(果報は寝て待て)となり「良い知らせ」「しあわせ」の意味も含まれると物語では説明しています。
──「沖縄そば」を「沖縄すば」と話すのを聞いたことありませんか?
わたしも観る前「果報は寝て待て」という言葉を想起し、琉球に伝わる、良きことも悪しきことも「ニライカナイ(神様の棲む世界、生命の源、死者の魂がたどり着く世界、その魂が神に生まれ変わる世界)」からもたらされる、という言い伝えを題材にしているものと考えていました(蒼井優ちゃんの『ニライカナイからの手紙』という映画もありました)。
確かにその祈りは込められているのですが「ありがちなストーリー」に収束してしまいます。
それはおそらく、舞台を別の町に置き換えても成立してしまうような「土着性」が欠如しているからと思われます。
それは絵からも見て取れてしまい、あれはどう見ても離島には見えない舞台からすでに、欠点となっています。
非常に特徴的な伊江島の姿をバックに写してはロケ地が特定出来てしまいます(本部半島は静かなところであるよねぇ、と)。
玉山鉄二は「イケメン」と思っていたのですが、アップになると結構すきのある顔立ちでもあったので、好感度アップと言うよりちょっとガッカリです。
『山のあなた 德市の恋』でのマイコは存在感があったように思えたのですが、それは演技ではなかったようです。
アップを使いすぎては演技者の素が暴露されるだけで、演技力のない役者たちからは魅力も感じられないという、悪い演出の手本のような出来と思われました。
さぁ、気を取り直して!
いい映画との出会いを待ちわびて…… います。
監督:中井庸友
出演:玉山鉄二、マイコ
「カフー」とは母音が「a・i・u・i・u」となる沖縄言葉(ウチナーグチ)の表現なので、「a・i・u・e・o」である大和言葉に直せば「カホー」(果報は寝て待て)となり「良い知らせ」「しあわせ」の意味も含まれると物語では説明しています。
──「沖縄そば」を「沖縄すば」と話すのを聞いたことありませんか?
わたしも観る前「果報は寝て待て」という言葉を想起し、琉球に伝わる、良きことも悪しきことも「ニライカナイ(神様の棲む世界、生命の源、死者の魂がたどり着く世界、その魂が神に生まれ変わる世界)」からもたらされる、という言い伝えを題材にしているものと考えていました(蒼井優ちゃんの『ニライカナイからの手紙』という映画もありました)。
確かにその祈りは込められているのですが「ありがちなストーリー」に収束してしまいます。
それはおそらく、舞台を別の町に置き換えても成立してしまうような「土着性」が欠如しているからと思われます。
それは絵からも見て取れてしまい、あれはどう見ても離島には見えない舞台からすでに、欠点となっています。
非常に特徴的な伊江島の姿をバックに写してはロケ地が特定出来てしまいます(本部半島は静かなところであるよねぇ、と)。
玉山鉄二は「イケメン」と思っていたのですが、アップになると結構すきのある顔立ちでもあったので、好感度アップと言うよりちょっとガッカリです。
『山のあなた 德市の恋』でのマイコは存在感があったように思えたのですが、それは演技ではなかったようです。
アップを使いすぎては演技者の素が暴露されるだけで、演技力のない役者たちからは魅力も感じられないという、悪い演出の手本のような出来と思われました。
さぁ、気を取り直して!
いい映画との出会いを待ちわびて…… います。
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